第29回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖〜台所からロンドンが見える
歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外の事とする。
第29回 台所からロンドンが見える
上の題名をみて、「あっ、あれね!?」と思った方は、相当な語学オタク、もしくは夢見る大人である。
何を隠そう、私も自称英語オタク。たいして勉強したりしてもいないのにこんなことを言っては、本当の(?)英語オタクの方々に怒られそうだが、英語は私の人生の中で、いつもそばにある、夢のツールである。学生時代、働き出してから、そして子供を育てながら、ちょっとした合間に、英語の試験を受けたり、英語学校に通ってみたり、少しずつ少しずつ、飽きっぽい私が、唯一長く続けている大好きな趣味。
何が楽しいって、読書と一緒で、英語を学ぶと夢が広がる。今まで思いもしなかったようなことに、手が届きそうになる。私にとって英語は、いつもそんな感じでそばにいる。
育児のため仕事を休んでいたころ。例によって、また英語の勉強でも始めようかな、などと考えていた。そんなころであった本が、長沢信子さんの著書「台所から北京が見える(講談社)」。若くして結婚し、主婦として家族を支えてきた長沢さんが、中国語と出会って36歳で一年発起。悶々と夢を探していた日々に別れを告げ、中国語の通訳案内士試験に受かるまでの奮闘を描いた本である。
通訳案内士とは、語学における唯一の国家資格で、「報酬を得て外国人の観光案内業務をすることができる」資格。高い語学力のほか、自国の歴史、地理、社会情勢などの知識が必要とされ、そのハードルは高い。その難しい試験に、中国語という馴染みのうすい言語で挑んだ著者を励まし続けたのが、まだ見ぬ北京の街並み。ガイドブックや本などで想像を膨らませ、毎日長い時間をすごす台所に教科書やオーディオを並べて料理や後片付けをしながら、勉強を続けた。「台所」という究極の日常と、「北京」という未知の世界がつながる。いつもの窓のすぐ外に、北京が見える。ああ、これだから、語学は夢があるんだなあ、としみじみ感じたことを覚えている。
私にとってそれは英語。その後、イギリスに滞在する機会もあり、その美しい響きと多用な表現に、ますます英語好きになった。現在は時間もなく、もちろんイギリスに行く予定もなく、一回25分のフィリピン人講師のオンライン英会話をたまに受けるくらいだが、パソコンを開くとき、窓の外にはいつもあのどんよりと曇った空と、はちみつ色のレンガの建物が並んでいる・・・と思うようにしている。(文 松浦直美)