「おとなの矯正」 「こどもの矯正」 それぞれの意義と目的
こんにちは。歯科医師の松浦直美です。
歯並びを治したい、と思っている方は多いかと思います。
日々、診療をしていて時々聞かれるのが、「私(や主人)の歯並びが悪いので、子供の歯並びはよくしてあげたいんです」というご両親の切実な願い。
自分が歯並びや笑顔に自信がない、もしくは矯正治療で長い期間装置を使って辛かったから、なるべく早く直してあげたい。そういう気持ちは痛いほどよくわかります。
確かに、「歯並び」を「顔立ち」にあったバランスに整えていくのは、「こどもの頃からの矯正」が圧倒的に有利です。
しかし、大人の矯正にも、大きな利点があります。今日は、こどもの矯正と、おとなの矯正、それぞれ全く違う目的と効果について、お話します。
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こどもの矯正はこんなに有利
なぜこどもの矯正は有利なのか。まずは、歯を動かすための「土台(頭の骨)」のキャパシティ。
歯が骨に支えられていることをご存知の方は多いかと思いますが、子供はこれから成長していくため、その骨の成長、柔らかさを利用して、歯を動かしますので、歯は大人の矯正では考えられない方向と量で、立体的に、比較的簡単に動かすことができます。歯が重なってガタガタしている場合でも、歯を抜くことなく綺麗に並べることができる可能性が高くなります。
次に、噛み合わせ修正の容易さ。
歯並びだけではなく、上あごと下あごの関係(噛み合わせ)の不調和は、お顔だちにも大きく影響するためより深刻です。
上あごと下あごの関係で、素人の方でもよくわかるのは、下の歯が上の歯よりも前に出ている「反対咬合」でしょう。反対に、上の前歯が下の歯よりも前方にとびでている「上顎前突(出歯)」を気にしている方も多いです。このような上下の顎の不調和も、こどもの頃から矯正に取り組むことで、比較的用意に修正が可能です。早期に噛み合わせを修正することで、顔立ちが変わります。
さらには、最近は「エアウェイデンティストリー(気道の歯科)」と言って、顎の成長が悪いために舌の付け根がのどの奥に下がって気道を狭めている状態を、噛み合わせを整える歯科治療で改善していくという考え方がアメリカを中心に大きく広がりつつあります。この観点からも、小児のうちから上下の顎を正しい方向に成長させる小児矯正歯科は、とても意義があると言えます。
こどもの矯正の欠点
上記をみると、「こどもの矯正は良いことだらけではないか」と思われるでしょう。しかし、もちろん、こどもの矯正にも欠点(留意事項、と言った方が良いかもしれません)はあります。
噛み合わせや歯並びに問題があるお子さんには、そうなる「原因」があります。鼻で呼吸ができず口呼吸が常態化していたり、舌やお口周りの筋肉をを変な方向に動かす癖(逆嚥下癖、舌突出癖など)がある場合には、どんなに矯正治療を進めても、うまく治らなかったり、治ったと思ってもまだ症状の再発が見られることがあります。
また、成長の正確な予測は困難なので、噛み合わせの改善や、顎の成長を促す治療によって一旦は歯並びが良くなったとしても、全ての歯が生えそろった後に2回目の仕上げの矯正治療が必要になることもあることは、こどもの矯正治療を行う上で必ずご理解していただきたい点になります。もちろん、1回で済むことも多くありますが、必ず大丈夫、ということは決してありません。
その点を踏まえたとしても、小さなうちにある程度、大きな不正咬合への芽を積んでおくことは、その後の治療も簡単に、有利になり、体への負担も軽くなることは、想像に難くないでしょう。2回矯正治療を行うために、費用が2回かかることに抵抗のある方もいらっしゃるかと思いますが、その意義は計り知れないものがあります。
おとなの矯正治療の意義とは?
さて、こどものうちから矯正することの利点はわかった。では、おとなになってからの矯正治療ではやはり遅いのか?と思われる方もいるでしょう。
もちろん、そんなことはありません。大人になってからでも、矯正治療をすることは大きな意義があることが多いです。
ただ、おとなになってからの矯正治療は、少し意味合いや、目的が違うことがあります。
おとなの矯正治療は、顎の骨の成長が終了しているので、いわば「決まった器」の中での勝負。これ以上は広げられないあごの骨の中で歯を並べるために、どうしても並び切らない歯を抜歯したり、少しだけ歯を削って歯と歯の間に隙間を作ったりする必要が出てきます。
「反対咬合」などの噛み合わせの問題は、大人になってからだと難しいことが多く、こちらは「外科手術」を考えなければならないこともあります。
しかし、大人になってから歯並びを治す目的は、長年の「見た目」のコンプレックス解消、そしてやはり何よりも、「長い目でみて、歯を長持ちさせるため」といえるでしょう。
歯並びを治すことで、虫歯や歯周病にかかりにくくなることは一目瞭然ですし、全体の噛み合わせも改善できることが多いので、バランスよく噛むことができるようになり、特定の歯にのみ負担がかかってその歯の寿命が短くなる、という現象も防げることが多いのです。
矯正することで、後々の歯科治療がやりやすく、歯を削る量も圧倒的に減る。
さらもう一つ、大人の矯正治療が大きな威力を発揮するのが、被せ物や詰め物、インプラントといった「歯の修復治療の前」に行う矯正治療。
変色したり、すり減って短くなったり欠けたりした前歯に綺麗な被せ物をしようとしたら、歯並びが良い方が、圧倒的に歯を削る量は少なくなります。中には、ほとんど削らずに、薄いセラミックを貼り付けるだけで良い方も多くいらっしゃいます。
一般的に、成人の大掛かりな矯正は時間も費用もかかり、忍耐が必要なことは確かです。
しかし、被せ物治療などが前提の矯正であれば、それほど精密に歯を並べる必要はないため、時間も費用も短く済むことも多くあります。矯正治療を、「包括的な」全体治療の一つと捉えると、その利用法は大きく広がり、患者さんの恩恵も大きいのです。
まとめ
今回は、子供の矯正治療と、大人の矯正治療について、その目的の違いをまとめてみました。
こどもの頃に歯並びが悪くなった「原因」に着目した矯正治療を受けることは、これからますます必要になる歯科治療の分野になっていくことは必須でしょう。成長を利用し、原因(主に口呼吸、姿勢などの機能的な問題)をなるべく早く取り除くことで、しっかりと顎を成長させ、美しく健康的な歯並びに導くことができます。
一方、成人になってからは、その決められた枠の中(頭蓋骨)ではありますが、できる範囲で歯をなるべく良い位置に動かし、バランスよく噛むことが目標になります。さらに、つめもの、被せ物を含めた総合的な治療を、より美しく理想的な噛み合わせで行う包括的な治療の一環として、成人の矯正治療の役割はますます増えていくことと思います。