倒れない稲の話 〜第86回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖〜
歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から院内新聞の一角に書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外の事とする。(時々ルール違反あり)
今月は、東北ならではの秋の風物詩、黄金色の稲にまつわるお話です。
子供の頃や、若い時分には、当たり前すぎてあまり興味のなかった黄金色の海。この美しさに気づいたのは最近のこと。そしてその影には、たくさんの農家の努力が、つまっていたのでした。
第86回 倒れない稲の話
「新米の前の最後の米だよ」と義理の父がいつものように米を大きな袋に入れて持ってきてくれた!!
「もう少しで稲刈りが始まるから、次は新米を持ってくるよ」。
ありがたいことに、夫の実家は農家なので、子供達もおじいちゃんの作った米で大きくなった。
本業と兼業で続けてきた義父の米作りだが、農業が大好きな義父は仕事をやめた今でも、朝早くから田んぼに行き、帰って昼食を食べるとまた1時には田んぼにでかける。義母によると、まるで恋人にでも会いに行くように、毎日時間ぴったりに、ウキウキして出かけるそうだ。
私:「そんなにやること、あるの?」
義父:「毎日、俺は米の声を聞きに行っているんだ」。。。は?
義父の口から出たとは思えないロマンチッ クなセリフ。しかしよくよく話を聞いてみて感心した。
東北に住んでいれば、台風などの時に、稲が倒れてしまう「倒伏(とうふく)」という状態を見たことがある人は多いだろう。私はてっきり、風のせいで倒れるのだと思っていたが、台風でなくても倒れることはあるし、同じ大風に当たっても倒れない稲もある。その分かれ目は、「肥料の加減」。肥料をやりすぎた稲は、「お腹いっぱいだよ、おれはもう寝転ぶよ」と父に語る。逆に肥料が足りない稲は、「お腹がすいたよ〜」と話し、粒も小さく育ってしまう。ちょうど良い具合に肥料を与えられた稲は、実がびっしりと入り、寝転ぶことはないし、台風がきても 倒れずにすっくと背筋を伸ばしているのだそうだ。
これはなんと、子育てや人間関係にも通じるすごい話ではないか。 甘やかさず、しかし目を配って大切なところでは手や耳を貸す。こうして培った人間関係は、ちょっとやそっとでは壊れない強靭なものになるはずだ。さて、今年の義父の新米も、実がしまってツヤツヤして、 力強い味がするに違いない。 (文、写真:のあみ 岩手県八幡平市で収穫直前の黄金の稲)