その仕事、何年ものですか? 〜陶芸家濱田庄司のスリップウェアに思う〜
こんにちは。歯科医師の松浦直美です。
大人の休日倶楽部パス、きいたことありますか?
大人の休日倶楽部は、50歳以上の方なら誰でも入ることができるJRの会員制クラブで、年に3〜4回、4日間で新幹線を含むJR東日本乗り放題で15000円!という夢のようなパスが発売されます。
東京に研修にいくことが多い私は、最近はこのパスがでると必ず講習会に合わせて購入し、その前後を休ませてもらって、ちょっとした旅をする、ということをしています。
今回は、6月から、2ヶ月に一回土日で参加している審美歯科のセミナーに合わせて購入。1日早い金曜日に出発して、以前から行きたいと思っていた栃木県益子町を訪ねてみました。
益子町は、誰もが知る「陶芸の町」なのですが、その名を世に知らしめた一人が人間国宝の陶芸家、濱田庄司(敬称略)です。
陶芸店やカフェ、レストランが軒を連ねる「城内坂」という通りをぶらぶらと散策したのち、少し離れた場所にある濱田庄司が移住先として選んだ地にある「参考館(濱田庄司記念館)」まで、歩いて訪問してみました。
濱田庄司のことは、少し知っていました。英国の陶芸家バーナード・リーチに師事して英国に渡り、窯を開いて成功したにもかかわらず、日本で起きた関東大震災をきっかけに日本に戻り、益子に新たに窯を築いて、バーナード・リーチに学んだ手法も用いながら作陶に勤しんだ高名な陶芸家です。
濱田がリーチと一緒に開いた窯のある英国の西の端、コーンウォール州にあるセントアイブスまでの距離の表示に、セントアイブスとの強い絆を感じました。
大好きな作家、原田マハさんの著書「リーチ先生(集英社文庫)」を読むと、その人となりが良くわかります。(少しノンフィクションも混じっていますが)
さて、参考館の一室では、濱田の仕事に対する逸話が紹介されていたのですが、その内容がなんとも歯科にも通じるものがあり、しみじみと見入ってしまいました。
上記写真は、「スリップウェア」と言われるヨーロッパに伝わる古い技法で作る陶器。
濱田の工房を訪れたリーチは、「こんなに贅沢に灰釉を使うのは、私の工房ではできない」とため息をついたとか。この技法の難しさ、使用する釉薬の貴重さを知っているリーチならではの感想です。
しかし、同じく濱田の工房を訪ねた別の訪問者は、釉薬をあっという間に大皿に広げる濱田の技法をみて、「こんなに短い時間でやってしまうとは、物足りない」という感想を述べたとか。
それに対し、濱田は「この技術にかかる時間は15秒。しかし、15秒でこのレベルのものを作れるようになるのに60年の時間がかかっています。15秒プラス60年です」と答えたそうです。
人間国宝と比べるのは非常に恐縮ではありますが、様々な他の「技術がモノをいう仕事」と同じく、歯科の仕事も似たことが言えます。
贅沢な材料や製品を惜しみなく使っているかどうかは、患者さんにはよくわからないかもしれません。
さらには、20分ほどでさらりと終わってしまう仕事に、「時間がかからなかったけど、もう終わりですか?」と思うこともあるでしょう。
しかし、それは上述の人間国宝も仰る通り。
保険、自費にかかわらず、歯科の仕事も、大学を卒業してからも生涯勉強が続き、いつまで経っても完全、と思えることはないのです。実際、50代も半ばに差し掛かった我々夫婦も、研修会だ、学会だ、勉強会だ、はたまた研修会で習ったことをマネキンを使って練習だ、と休日もゆっくりしていることはあまりありません。
そして、少しずつではありますが、確実に腕は上がり、治療に時間がかからなくなり、なにが大事なところなのかがわかるようになり。
陶芸家濱田先生の60年に至るにはまだまだ時間がかかりますが(笑)、あと30年くらいしたら、15秒で治療が終わる日が来るかもしれませんよ!80歳超えちゃいますけどね。
そんなことを思いながら、次の日の土日は、10歳以上年下の、尊敬する審美歯科医、ニノデンタルオフィスを運営する二宮先生の主催する審美歯科セミナーで二日間、びっちりと研修を受けてきたのでした。
まだまだ、研鑽の旅は続く。
さて、次の大人の休日倶楽部パスでは、どこへいきましょうか。