少しずつ、理想に近づく(その1)〜第44回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖
歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、2010年から歯科医院を営む夫婦が、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年より院内新聞の一角に書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 かならず毎月、どちらかが書く
2 内容は、歯科治療以外のこととする
第44回 少しずつ、理想に近づく(1)
「これについてくる人、どれだけいるかね~?」
今から8年前。刷り上がった真新しい歯科医院のパンフレットを見て、口の悪い従姉が発した言葉は、本心だったと思う。
私たちは、基本に忠実な治療と、それ以上に、定期的なメインテナンス(定期検診)に長く通って、本当の予防をおこなっていける歯科医院を目指して開業した。
そのときに張りきって作った三つ折りパンフレット(写真)。歯科先進国であるヨーロッパや米国では、国民の大半が、治療ではなくメインテナンスのために歯科に通う。
虫歯や歯周病は、ベテランの歯科衛生士によってしっかりとコントロールされ、たまに私たち歯科医師とあうのは簡単な治療か、ちょっとした手直しのみ。
「あら、○○さん、2年ぶりじゃない?」
「なによ、3か月ごとに衛生士さんに会いに来てたわよ。今回詰め物が欠けちゃったから仕方なく先生に会いに。」
そんな会話が聞こえる、笑い声にあふれる歯科医院。
そんなことができることを伝えたくて、パンフレットには、当時日本の歯科界でも話題になり始めていたスウェーデンのアクセルソン教授の30年にもわたるメインテナンスの研究成果のグラフを乗せてみたり、カウンセリングを何度か行い、説明に納得してもらってから治療に入りますという文章を載せてみたり、とにかく「きばっていた」。
しかし、実際どうすれば「本当の予防」ができるのか、開業までは治療にばかりに目が行っていた私たちは、わかっていなかったと思う。
どうすれば「本物」の歯科衛生士が育ち、痛くなったり被せものが取れなければ歯科に行かない人が多い日本の社会で、どうすれば定期メインテナンスが根付くのか。
まだまだ手探りだった私たちの自信のなさと、気張りすぎのパンフレット。
「予防予防って、たかが歯科の治療なのに、こんなのについてくる患者さんが、どれだけいるのよ?」
従姉の言葉に、「その通りかも」と正直、思ったことを今でも覚えている。(続く) (文:松浦直美)